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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)3220号 判決

原告 株式会社森藤住宅

右代表者代表取締役 森田愿吾

右訴訟代理人弁護士 中野博保

被告 株式会社 中村屋不動産

右代表者代表取締役 加藤博明

右訴訟代理人弁護士 秋山泰雄

主文

被告は原告に対し、金六九二万八一八四円及びこれに対する昭和五四年四月二八日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金六九三万二八〇〇円及びこれに対する昭和五四年四月二八日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は不動産の売買、仲介等を営業目的とする株式会社である。

2  原告は昭和五三年八月二八日被告から別紙目録記載の土地(以下、本件土地という)を実測売買の特約のもとに買受けた。そして、本件土地の実測面積は二二二・六八〇二平方メートル(但し、私道部分を含む)であるとして、代金は五一一九万円(坪当り七六万円)と定められた。

3  原告は被告に対して同年九月二八日までに右代金を支払った。

4  ところが、本件土地に含まれるものとされていた環状七号線道路(以下、道路という)沿いの別紙図面赤斜線部分二四・〇四八平方メートル(以下、本件係争部分という)は道路敷地として東京都の所有であることが判明した。

5  そこで、原告が被告に対して支払った本件土地の代金のうち、本件係争部分の価額に相当する五五三万二八〇〇円(76万円/坪×7.28坪)は原告が超過して支払ったことになる。

6  また、原告は、本件土地上に本社ビルを建築するべく、訴外三宅亮平にその設計を委嘱し、同設計に基づき建築確認申請をしたが、前記のとおり本件係争部分が東京都の所有であるにも拘らず、右設計はこれをも本件土地に含むものとしてなされたものであったため、右申請は却下された。

そこで、原告は右設計の変更を余儀なくされ、再び同訴外人に設計を委嘱し、そのために新たに一四〇万円を支払った。

これは、本件係争部分が本件土地に含まれないものとされたところから原告が被った損害である。

7  よって、原告は被告に対し

(一) 本件係争部分に見合う代金の減額として五五三万二八〇〇円

(二) 設計変更を委嘱したことによる損害として一四〇万円

(三) 右合計六九三万二八〇〇円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五四年四月二八日から完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金

の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実はいずれも認める。

2  同4及び5の事実はいずれも否認する。

3  同6の事実のうち、本件係争部分が東京都の所有であることを否認し、その余は知らない。

4  同7は争う。

三  被告の主張

1  本件係争部分は本件土地の一部であり、被告が所有していたものであるにも拘らず、原告において東京都に対し、その主張に従った道路区域線標示願を提出し、被告を無視して独断で境界を確定させてしまった。

2  仮に本件係争部分が被告の所有ではなく、東京都の所有であるとしても、原・被告間の本件土地売買契約に際して被告が原告に交付した実測図には「公道面未査定とす」と明記されており、不動産取引業者たる原告もそのことを認識し了解したうえで、即ち、右実測図面は本件土地の範囲を確定的に示すものではなく、道路境界査定の結果実測面積に変動がありうることを前提として本件土地売買契約を締結したものであるから、右変動があっても売買代金の精算をしないというのが当事者の意思であった。

四  被告の主張に対する認否

1  被告主張1の事実は争う。特に、本件係争部分が本件土地の一部であり、被告が所有していたものであるとの点は否認する。

2  同2は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1ないし3記載の事実はすべて当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば、以下の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

1  本件土地売買契約に際し、原告は被告から、被告側が境界を指示して訴外西川幸作(実際上の担当者は訴外佐藤輝夫)に測量せしめて作成された図面(甲第二号証)を実測図として交付された。

2  原告は右実測図の記載を信じ、これを前提にして、本件土地上にビルを建てるべく訴外三宅亮平に建築設計を依頼し、それによる設計図に基いて建築確認申請をしたところ、同申請は却下された。右却下の理由は、本件土地南側の道路との接点に存在する擁壁敷地部分は道路敷地として東京都の所有であるのに、右申請は右部分が原告の所有であることを前提としてなされているということであった。

3  そこで、原告はまず東京都第二建設事務所の係職員に現地に来てもらい、東京都が主張する本件土地と道路との境界について指示説明を受けた。その結果、原告は右指示説明による東京都主張の境界を受容することとし、原告側の境界指示(道路との境界については右東京都の指示説明のとおりに従ったもの)により前記訴外西川(実際上の担当者は前記訴外佐藤)に再度測量せしめた。

その結果に基づく図面が甲第四号証である。

4  右甲第四号証によれば、被告が原告に交付した前記実測図(甲第二号証)よりも面積において約二五平方メートル少くなっており、その差は大部分が本件土地と道路との境界をどこと考えるかの相違によるもの、即ち本件係争部分であった。

5  原告は、右甲第四号証を前提として本件土地上に建てるべきビルの建築設計をやり直すべく、前記訴外三宅に再度これを依頼した。そのために原告は本来の設計料の外に設計変更料として一四〇万円の支払を余儀なくされ、これを昭和五四年三月三〇日までに支払った。

三1  原告は、右にみた甲第二号証と甲第四号証の差のうち、結局本件係争部分のみを問題にするものであるところ、原告はこれが東京都の所有する道路敷地であると主張し、被告は、被告において前主から買受けて所有していた本件土地の一部である旨主張する。

これは要するに民法五六三条にいう権利の一部が他人に属する場合の売主の担保責任をめぐる争いであると解されるのであるが、本件のように、土地売買契約においてその目的土地の範囲(境界)につき隣接土地の所有者たる第三者と買主との間に紛争が生じた場合に同条を適用するにあたって、「売買ノ目的タル権利ノ一部カ他人ニ属スルニ因リ売主カ之ヲ買主ニ移転スルコト能ハサルトキ」の意味をどのように解すべきかについて若干の考察を加えておく必要を感じる。

2(一)  そもそも、隣地所有者との間に右のような紛争が生じた場合に買主のとるべき態度としてはつぎのものが考えられる。

(1) 買主自らが右紛争の当事者となって隣地所有者との間で解決をはかる。この場合、買主側の主張がそのまま認められた形で解決すれば格別問題は生じないが、そうでないとき(買主が全部又は一部について譲歩し或いは敗訴したとき)は、買主はその結果に基づいて売主の責任を追及することになるであろうが、その際民法五六三条の適用が問題とされるのである。

(2) 売買契約当事者間では、一応契約を合意解除し(右紛争の生じている部分のみについて一部解除されるのが普通であろうが、場合によっては全部解除されることもあるかもしれない)、そのうえで売主と隣地所有者との間で解決をはかってもらう。そして右紛争が解決されたあかつきには、その解決の仕方に応じた対応がなされる。

即ち、一応全部解除されていた場合には、売主の所有であることが確定された部分について再度売買契約が締結されるであろうし、一部解除されていた場合には、売主側の主張が全部ないしは少くとも一部認められた場合に限って、その部分について再度売買契約が締結されるということになろう。

この場合においても、売主と買主との間の関係をどのように調整すべきかについて、例えば、解除に基づく代金の返還につきどのように処理するか、或いはまた再度売買契約を締結する場合の代金額をどのように定めるかなど種々問題を生ずることは勿論ありうるが、それも当事者間の話し合いによって合理的な取りきめがなされることを期待してよいから、特に複雑・困難な局面が到来するということは例外的な場合の外はまずないであろう。

(3) 買主が前記(2)の合意解除を求めたのに売主がこれに応じないという場合もありえないではない。このような場合は、隣地所有者との間にそのような紛争がある土地を売ったこと自体、或いはそれにも拘らず売主がその責任においてこれを解決しようとしないこと自体を売主の債務不履行としてとらえ、売買契約の全部又は一部を解除し、それに見合った損害の賠償を請求するということになろう。

この場合も特にこれ以上の複雑・困難な問題が生ずることは考えられない。

(二)  そこで、前記(1)の場合において民法五六三条の適用が問題となる場面について更に検討を加えることとする。

この場合、買主は、隣地所有者に対して譲歩し或いは敗訴した部分につき、売主に対して右部分に見合った代金の減額請求などを同条に基づいてすることになるわけであるが、その請求訴訟においては、買主の側で右部分が他人(隣地所有者)の所有に属することを主張・立証しなければならないのか、それとも売主の側で売主の所有に属するものであったことを主張・立証すべきなのかが問題である。

この点について当裁判所は、買主としては買受けた土地の一部について他人が権利主張をして紛争を生じ、その結果右部分が他人の所有であるとして確定されたことを主張・立証すれば足り、これに対してその責任を免れようとする売主の側で、該部分は売主の所有に属していたものであることを前提として、買主が何ら合理的な理由も必要もないのに譲歩して解決してしまったこと或いは本来ならばそのような結果を招くようなことはない筈であるのに買主側の無気力ないしは拙劣極まりない訴訟によって買主が敗訴してしまったことなどを主張立証しなければならないものと解する。

このような解釈は、同条の字句には多少反するきらいがないではなく、また、買主において前記(一)の(2)或いは(3)の方法を選択することが可能であったにも拘らず、あえて(1)の態度を選択したことは、その結果被ることのあるかもしれない不利益ないしは危険を自己の責任において負担しようとする意思であったと解する余地もありうることに鑑みれば、全く問題がないわけではない。

しかしながら、土地売買契約においては、売主は買主に対し目的とされた土地の全部につき完全に所有権の移転をしなければならない義務を負うものであり、万一その土地の範囲(境界)について隣地所有者と紛争が生じたような場合は、売主の責任において右紛争を解決してその範囲を確定しなければならないものというべきである。そして、その結果が売主の主張どおり確定されたときは格別、そうでないときは、その相違部分については結局売主において所有権の移転をすることができなかったことに帰するから、売主がそれに見合った責任を負うべきこともまた当然としなければならない。

この理は、買主が自ら当事者として隣地所有者との紛争解決に当った場合においても、本質的に何ら変わりがないものとするのが相当であり、このように、売主としての担保責任という事理の本質に照らして考えるときは前記のように解するほかはないものと考える。

3  以上検討してきたところを踏まえて、本件係争部分が被告において前主から買受けて所有していた本件土地の一部であるとする被告の主張についてみるに、結論としてはこれを認めるに足る証拠はないものといわざるをえない。

成程、《証拠省略》などの各図面によれば本件土地とおぼしき土地付近と道路との境界は直線で表示されており、この点は被告の主張に添うかの如き感を呈しているし、加えて、本件土地と道路敷地と境界に関する東京都の主張(指示説明)がどのような歴史的根拠を有するのか、特に本件土地付近一帯においてかつて実施された耕地整理の結果との関係は如何なるものであるのかについては、必ずしも本件訴訟を通じて解明されたとはいえない(尤も、この点は、東京都が本件訴訟に当事者として関与しているわけではない以上、ある程度やむをえないものがあるというべきであろう)。

しかしながら、その歴史的根拠が明確にされていないという右に指摘したような限界はあるとはいえ、東京都の主張に添う相当有力な証拠が存在することも否定し難いところであり、そうである以上、本件係争部分が本件土地の一部であるものとはにわかに断ずることができないのである。

4  以上によれば、本件係争部分については被告は原告に所有権を移転することができなかったことに帰するから、特段の事情の認められない限り、それに見合った代金減額等の担保責任を免れないものといわなければならない。

四  そこで、次に被告の主張2について判断することとする。

前掲甲第二号証によれば、原・被告間の本件土地売買契約に際して被告が原告に交付した実測図に「公道面未査定とす」と記載されていたことは明らかである。

そして、右記載及び《証拠省略》によれば、被告は現に本件土地と道路との境界について厳密に確定する作業をしないまま本件土地を売りに出したことが認められるのであるが、右証言によれば、これは正式に右境界を確定するとすれば数か月の期間を要するものと見込まれたところから回避されたものであること、しかし同時に、被告は、右実測図において被告側が道路との境界であるとした線は本件土地と道路との接点に存在していた擁壁の底部ののり面に添ったものであって、不動産業者としての経験と常識に照らしてほぼ間違いのないものと信じていたことが認められる。

《証拠省略》によれば、この点については原告側も同様にその旨信じていたこと、従って実測図に「公道面未査定とす」と明記されていたことに対してそれ程注意していなかったことが認められるのである。

そうである以上、東京都立会のうえで本件土地と道路との境界を確定した場合に前記実測図に比して無視しえない程の変動が生じうるなどということは、本件土地売買契約締結に際して、原・被告が双方ともに予期しなかった事態であるといわなければならない。

この点において、「道路境界査定の結果、実測面積に変動がありうることを前提として本件土地売買契約を締結したものである」旨の被告の主張はその前提を欠くことにならざるをえず、到底これを認めることはできない。

また、仮に何らかの変動がありうることを予定していたものであれば、いやしくも実測売買(数量指示売買)とする以上、その変動が明らかになった場合にはそれに応じた修正をし、代金の精算をするというのがむしろ通常の意思解釈であって、「変動があっても売買代金の精算をしない」というようなことは、明示の意思表示をもってその旨の特約がなされている場合など特に例外的な場合にのみ認められうることだとしなければならない。

以上、いずれにしても前記被告の主張は到底これを採用することができず、右の結論は、原告もまた不動産業者であることを考慮に入れても何ら変更されるべきものではない。

五  以上、判断しきたったところによれば、被告は本件土地売買において本件係争部分の所有権を移転することができなかったことにつき、売主としての担保責任を負うことは明らかである。

そこで、以下その具体的な内容について更に検討することとする。

1  弁論の全趣旨によれば、本件係争部分の面積は二四・〇四八平方メートルであることが認められるから、その部分に見合う代金額を計算すれば24.048/222.6802×5119万円=552万8184円となる。

従って、被告はまず右五五二万八一八四円を原告に返還しなければならない。

(なお、付言するに、右代金返還額を算出するにあたり、売買契約時の代金額を基礎にしていることは明らかであるが、右契約時と本訴請求時とでは時間的にそれ程隔たりもなく、また現下の経済情勢に照らせば、地価は当面ますます高くなることはあっても低くなることは考えにくいのであるから、右契約時の代金額を基礎にして計算したことは何ら不当なものではない。)

2  原告は、本件土地が本件係争部分をも含んでおり、その面積は二二二・六八〇二平方メートルであるものと信じ、それを前提として本件土地上にビルを建築することを計画したこと、ところが右計画に基づく建築確認申請は本件係争部分が本件土地に含まれないものであることを理由に却下されたこと、そこで原告はやむなく本件土地から本件係争部分を除外し、これを前提として建築計画を立案し直したこと、専らそのために原告は設計変更料として一四〇万円を余分に支払わなければならないこととなり、既にこれを支払ったこと、以上の事実は前記二において認定したとおりである。

右事実によれば、右一四〇万円は被告が原告に対し本件係争部分の所有権を移転することができなかったことによって原告に生ぜしめた損害であるといわざるをえないから、これもまた被告において原告に対し賠償する責任がある。

3  そうすると、被告は原告に対し右1、2の合計六九二万八一八四円の支払義務を負うものである。

六  そうすると原告の本訴請求は金六九二万八一八四円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五四年四月二八日から完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西理)

〈以下省略〉

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